2008年5月24日 (土)

少年ケニヤ

少年ケニヤ

125pxflag_of_kenya_svgオバマ・アメリカ大統領のお父さんはケニヤ出身ですが、誕生日の1961年8月4日に日本では「少年ケニヤ」が放映されていました。この番組を通じて「ケニヤ」と言う国の存在を知った日本の子供達も多かったはず。面白い符合だと思います。

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少年ケニヤはナショナルキッドの直後(1961年5月4日~1962年2月8日) に同じ局、同じスポンサーで放送されました。私にとって思い入れの深い番組ですが、1984年にアニメが製作されたためかビデオもDVDも販売されておらず残念です。東映チャンネルで再放送されることを切望しています。 少年ケニヤ - Wikipedia

第一部:1~13話(魔神の山);第二部:14~26話(バジャー王国);第三部:27~39話(秘密研究所);第四部:40~41話(再会)

【1話】 一機のセスナが飛んでいた。乗っているのは日本人の科学者、村上博士とその息子ワタルだ。ケニア山上空に近づいた時、突然、機関銃の射撃をうけ、セスナ機は墜落した。パラシュートで脱出した村上博士、ワタル父子は離ればなれになってしまった。墜落地点には三魔人と名乗る怪人が現れた。
【2~13話】 三魔人の正体は、ガルゴ、ザッケン、オンドンというリビア砂漢の外人部隊の脱走兵だった。三人は魔神の山に膨大な埋蔵量のウラニュームがあることに目をつけ、ケートの予言でポロ族とマサイ族を争わせ、魔神の山に人を寄せつけまいとしていた。インド人の私立探偵アッサムはザッケンを追ってケニアヘ来るが三悪人の魔手によって消息を断つ。ワタルはゼガや謎の三騎士の力を借りて三悪人を倒す。騎士に扮していたアッサムから父がナイロビの病院にいることを知らされたワタルは、ゼガ、ケートと共にナイロビヘ旅立った。
【14~26話】 父は既にナイロビにはいなかった。一行は父を見た行者の言葉に従いルーウェンゾリ山のアジャー王国へ。そこで、ワタルやケートは王位継承をめぐった内紛にまきこまれる。ムン・ダラーの弟子タリタリ小僧や、虎の顔と名乗る怪人(実はアッサムの変装)と共にワタルは正義のために活躍する。
【27~39話】 密林の中に秘密研究所を建設、世界から有能な科学者をさらってロケットや原爆を製造する陰謀団があった。村上博士もそこに働かされていた。
【40~41話】 アフリカではマウマウ団の暴動が勃発していた。その動乱の最中ワタルは父にめぐり会い日本へ。ケートも幼い時に別れた両親の元へ帰ることができた。                                                                                                                                                                                                           宇宙船 Vol.10 (1982)より

1961年5月4日 朝日新聞テレビ欄

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「少年ケニヤ」 きょうから NET  百三十万円かける  製作費一回分  まっ黒に塗っての強行撮影

 いままで作られた日製子ども向きテレビ映画の中でも、一級の作品と呼び声の高い「少年ケニヤ」が、四日からNETテレビ(木曜夜6:15~45、東北放送テレビ、新潟放送テレビ、北海道放送テレビ、静岡放送テレビなど十一局ネット)に登場する。これは東映テレビプロダクションの制作したもので、一回分にかけた制作費用が公称百三十万円。国産テレビ映画では記録破りのぜいたくなフィルムだ。
 「少年ケニヤ」の原作は山川惣治氏。さる二十六年十月から三十年十月までで、まる四年間にわたって連載されたこども向きの絵ものがたり。かつてある独立プロが、テレビ映画に企画したこともあるが、何しろアフリカを舞台にしたスケールの大きい内容のものなので、途中で投けだしたといういわくつきのもの。東映では四月末までNETテレビから放送していた「ナショナルキッド」のあと番組として企画を進め三月八日から撮影を始めた。
 舞台はアフリカのケニヤ地方。ここは豊富な地下資源をもつ未開の宝庫であるとともに、猛獣王国としても知られている。ここへ原子科学の権威「村上博士」(中山昭二)が、動物好きな一人むすこ「ワタル」(山川ワタル)とウラニウム鉱調査にくる。ところが飛行機が悪者の撃った銃弾にあたったためパラシュートで不時着し、父と子は別れ別れになる。ワタルはピッコロを吹きながら父を求めてさ迷ううち、しゅう長の座を追われたマサイ族の「ゼガ」(岩城力也)にあう。ワタルは彼を助け、ポロ族とマサイ族をまどわす魔神山の三悪人をこらしめようと勇敢に戦う。正義と博愛の心にもえる少年英雄ワタル。彼が出あういろんな土人、猛獣、悪人たち。異境の地にくりひろげられる冒険と活劇が、こども向きに変化の多い筋立てでどっさり仕組まれているというわけだ。
 東映ではアフリカの感じを出すため、現地撮影の実写フィルムをふんだんに用意し、スクリーンプロセスでつじつまを合わせる方法をとっている。このためわさわざ特殊装置を新調したほどで、そのせいか試写をみた人たちのあいだでも「なかなかよくできている。いままでの日本製テレビ映画のレベルを抜くできだ」と解判がよい。飛行機のとぶシーン、落ちるシーン、パラシュートで降下するシーシなども、従来のものにありがちだったトリックの薄手さがほとんど感じられない。
 スタッフは脚本が松浦健郎、朝島靖之助、撮影が中町武、美術が有隅徳重、音楽がいずみ・たくの各氏のほか、監督を「風小僧」「白馬童子」の仲木睦氏が担当している.主役の村上ワタル少年役は、さる二月に一般から公募、千八百人の中から武蔵野市盈進中学二年の
沓名信夫君(山川ワタル)がえらばれた。ケープタウンのダイヤ王の金髪娘ケートには元日活女優日暮里子さんのひとり娘緑川節子さんが登用された。
 映画はものがものだけに、出演者の大半は土人の役。そのため、ゼガ役の岩城力也、マサイ族の娘ロンダ役の
森るみ子ちゃん(十一)など土人になる連中は、水性ドーランで全身まっ黒に塗っての強硬撮影が続いている。そのため暑くなるとみんなバテるから早くとり終わろうとスタッフは馬力を上げてとりだめしている。なお、従来の日本製テレビ映画は、一回分の製作費が六十万円から八十万円見当といわれ、百万円を越したものはほとんどない。こんどの百三十万円はその意味でも新記録になりそうだ。      

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YouTubeに映像がアップされています(少年ケニヤ)。後半は第一話の冒頭、ワタルと父親の村上博士が飛行機で遭難するシーンですが、前半部は第二部(バジヤー王国編)のオープニングのようです。左のメンコは三魔人の一人ガルゴ(ナショナルキッドで山田博士役だった山口勇さん)、中央はケート(関みどりさん)、右はアッサム探偵役の巽秀太郎さん(ナショナルキッドではキッド役)です。そして、中学三年生だった谷隼人さん(本名の岩谷肇で出演)がタリタリ小僧役で出演されていました(右下の写真でワタルと戦う左側の少年;「東映の友」1961-10月号)。

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動物好きなワタルが、父村上博士に連れられてアフリカヘ渡り、飛行機の故障でパラシュートで降下、風のために父と別れ別れとなり、父を尋ねて密林をさまよううちに、部下の陰謀で酋長の座を追われた原始マサイ族の大酋長ゼガをみて、正義の念に燃えるワタルは、勇躍その悪計と戦って、日本人ワタルの名声を高めますが、果して父と再会出来るでしようか?(『東映の友』 1961年6月号より)196104a2b22 「ゼガ」が「ガゼ」、「岩城力也」が「岩城かせ」、「ケート」が「チナ」と誤植されています。癖字の原稿を良く確認しないまま写植したものと考えられます。196107c ワタル少年が、ケートと共に父を尋ねてナイロビの街に行く途中、雷雨に遭い、断崖から落ちて彷徨するうちに、何時しか不思議な世界に入る。そこは太古に、亡命エジプト王族が建てた秘境バジャーで、今しも反乱軍が起り、国内は激戦最中。ワタル少年はその騒ぎに巻き込まれるが、遂に悪を仆し、正義を助ける、波乱冒険物語が繰り展げられます。(『東映の友』 1961年7月号より)196108a_9a 父を尋ねて旅に出たワタルとケート、ゼガの三人はベルモ族の酋長から、日本人が北の方へ行ったと聞いて歓喜する。村上博士は密林をさ迷ううちに持病のマラリヤが悪化して倒れるが、ワグナー元帥と名乗る化学者に助けられ病気をなおしてやる代りに自分達の神聖な事業の協力を求められる。ワタル達は父の連れて行かれたらしい密林の盆地まで来たが、其処はロケットの発射揚があったりして土人達は地獄の密林と呼び近づこうとしない。ワタルは何か秘密があるなと察して、この謎の研究所に入り込む決心をする。その研究所の正体は…?。(『東映の友』 1961年10月号より)196110a2_2

山川ワタルさん

主人公の「村上ワタル」役は1,800人の応募者から選ばれたと言う山川ワタルさん(本名:沓名信夫)が演じられました。役名の「ワタル」に原作者の山川惣治先生の苗字を組み合わせて芸名としたようです。この作品の後、続・柔(1965)、お嫁さん 第一シリーズ(1966)、あいつと私(1967)、花の恋人たち(1968)などのテレビ番組の他、俺たちの恋(1965) 、黄金バット(1966) 、雪の喪章(1967) 、恋人と呼んでみたい(1968) などの映画にも出演されています。当時は中学二年生(武蔵野市盈進中学)で、もう還暦を迎えられているはずです。

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少年サンデー(1961年20号)に山川ワタルさんの記事がありました。ジャングルのシーンは箱根の十国峠で撮影されたようです。

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関みどりさん

Img915_2 Photo 「ケート/アメメ姫」役は関みどりさんです。赤ん坊の頃の写真をもとに現在のケイトの似顔絵を書くシーンがあったのですが、髪型も含めて全てそっくりで、「こんなことが出来るのか!」と、とても驚いた記憶があります(小学校入学前の話ですが・・・)。少年ジェットでは本名の緑川節子で「浅川早苗」役を演じられていました(下)。白鳥の騎士(1962、雪姫=右の写真)、空手三四郎(1965)、これが青春だ(1967)、お嫁さん 第三シリーズ(1968、明子の友人=左の写真)、遠い砂丘(1970) などのTV番組の他、喜劇・駅前医院  (1965)、私は負けない(1966) などの映画にも出演されています。当時は中学三年生(1947年1月1日生)、山川さんよりも一学年上で谷隼人さんとは同学年です。お母さんは日活の女優だった日暮里子さんだそうです。 /

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かつて「少女」(光文社;1949年2月~1963年3月)と言う月刊誌がありましたが、毎号写真入りで「スリラー小説」が連載されていました。緑川節子さんは「おどるこけし!」(1959年6月号~8月号)には主役の節子ちゃん役で、「青バラ王女」(1959年9月号~11月号)には準主役の佐藤ユカリ(どこかの国会議員みたい)役で登場します。

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森るみ子さん

152 「ロンダ」役の森るみ子さんは小学5年生でした。 名犬ロック(1962)、泣くな!青春(1972)、レインボーマン(1972)などのテレビ番組の他、若大将対青大将(1971)、父ちゃんのポーが聞こえる(1971) などの映画にも出演されています。YouTubeにも登場しますがなかなか可愛いです。

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配役

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「東映TV特撮主題歌大全集1」には第一話のオープニングが収載されています。これとYouTubeのオープニング映像から登場人物と配役を拾ってみました。赤は両方に名前がある方、青は第一話、緑はYouTubeに名前がある方です。ナショナルキッドに登場した打越正八さん、秋山敏さん、伊藤重利さん、志摩栄さん、上田有嗣さんの名前もあります。

村上ワタル:山川ワタル;ケート/アメメ姫:関みどり;ゼガ(マサイ族元酋長):岩城力也;グレ/タブール/アーレン:早木史郎;ザッケン(三魔神)/ハッサン:高原秀麿;村上大介博士(ワタルの父):中山昭二;ロンダ(マサイ族の少女):森るみ子;ガルゴ(三魔神):山口勇;オンドン(三魔神):打越正八;センゲ(マサイ族酋長):三島良二;ロメ(センゲの腹心):秋山敏;マサイ族:大久保達也,岡嶋泰次郎,伊藤重利;アッサム探偵/ミスターX:巽秀太郎;アリ:石森武雄;ヤルスン:志摩栄;トスネ:赤尾静子;エンマ:萩京子;タリタリ:岩谷肇(谷隼人);ショショ:八代健二;チョウ:豊野弥八郎;チョウの配下:上田有嗣,野村幸,桑原菊水

宇宙船 Vol.10 (1982)を見ると、この他に、アゴメ:志摩栄、バジャー王:三木宏祐、魔神ドリーナ:赤尾静子、ムン=ダラー:白河青峰、伊藤タケオ:戸田秀樹の名前があります。役は不明ですが、花沢徳衛さん、風見章子さん、藤江リカさんも出演されていたようです。

中山昭二 - Wikipedia 岩城力也 - Wikipedia 秋山敏 - Wikipedia  花沢徳衛 - Wikipedia  風見章子 - Wikipedia  藤江リカ - Wikipedia 

コミックス

テレビ放映に合わせて、石川球太先生によるマンガが「週刊少年サンデー(1961年14号~62年15号)」に連載されました。右下は少年サンデー 1961年7月23日(1961-30)号で山川ワタルさんと森るみ子さんが表紙を飾っています。マンガショップシリーズの復刻版(下記)を読んでみたところ、原作にほぼ忠実な内容で、テレビ第二部の「バジャー王国」の話や、第三部のシルバーホワイトと戦うシーンは出てきませんでした。こちら(少年ケニヤ・上少年ケニヤ・下)で立ち読みができます。

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謝辞 ナショナルキッドも含めて役者情報の多くは、マヤの暦さんのHPを参考にさせて頂きました。ありがとうございました。

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ナショナルキッド

ナショナルキッド(National Kid):1960年8月4日~1961年4月27日の18時15分~18時45分にNET系で放映。

2007年10月9日より「東映チャンネル」で放送が始まり、2008年2月19日まで毎週二話ずつ放送されました。残念ながら、後番組は「少年ケニヤ」ではありませんでした。

第1部 (インカ族の来襲)                    第2部 (海底魔王ネルコン)            第3部(地底魔城)                      第4部(謎の宇宙少年)

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関東地方では以下の日時に再放送がありました。1963年8月16日~1963年10月9日の17時25分~17時55分;1963年10月15日~1963年12月4日の7時50分~8時20分;1965年1月30日~1965年3月16 日の7時45分~8時15分;1966年7月21日~1966年8月29日の10時00分~10時30分。私はこのうち1963年の夕方と1966年の夏休みの回を見ていたように思います。 ナショナルキッド - Wikipedia

なお、東映特撮BB・なつかシアターでインカ族の来襲(全13話総集編)を見ることができます。その他に、アラーの使者、七色仮面、新・七色仮面、怪竜大決戦、スパイキャッチャーJ3など、60年代のなつかしい番組がラインナップされています。

メンコ

インカ族の来襲

今回、東映チャンネルで「インカ族の来襲」を全て見ましたが、キッドがヴィマナやカビアと直接戦うシーンは出てきませんでした。面子に使用された写真の中には映像とは無関係のものもあるようです。ヒーローショーのような機会に撮影されたものかもしれません。

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191937192425最下段の左二枚は、第9話「一日だけの休日」で小児麻痺の少年、ソネ・ヨシタカ君(子役は梅沢直行さん)を連れて空を飛んでいるシーンであることがわかりました。身体を吊るすための金具が見えます。「曽根義隆」で検索したところ、「ケンちゃんシリーズ」などの監督をされている方がこの名前でした。曽根監督は1929年生まれですから当時31歳で、楽屋落ちのネタに使われても不思議はありません。なお、一峰大二先生のコミックスにも小児麻痺の少年を励ますシーンがありますが、少年の名前は出てきません。

下から二段目、三段目で旗竜作(小嶋一郎さん)と一緒にいる女性はチャコ姉ちゃん(太地喜和子さん)です。最番段の右二枚は山田博士(山口勇さん)、その隣りは長谷川君(水野博士の助手;槇章太郎さん)だと思います。最下段中央で小嶋一郎さんと一緒にいる眼鏡の人物が誰かわかりません。映像には登場しませんでしたが番組のスタッフでしょうか?

地球人姿のアウラと一緒にいるトルコ帽をかぶった男達は第3話「大都会の戦慄」と第6話「危うしナショナルキッド」に登場します。どちらも短いシーンなので確信は持てませんが、左からカビア、アウラ、ヴィマナで、インカ金星人三幹部の地球人姿ではないかと思います。「大都会の戦慄」とは随分大げさなタイトルですが、アメリカ映画(The Public Menace, 1935年)の邦題からのパクリのようです。

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コーヒー 60 ココア 60 紅茶 50 ジュース 50 ミルク 30 フルーツポンチ オリジナル バナナジュース 洋食喫茶 オリオン

上右の写真は同じ食堂の厨房ですが、向って左のガッツ石松に似たコックは打越正八さん、右側は野田邦夫さんです。打越さんは実写版「少年ケニヤ」では三魔人の一人「オンドン」役でした。野田さんは、「海底魔王ネルコン」では海底人F8号役や、第4話「大臣襲撃計画」で海底人に逃げられるドジな警官役、「地底魔城」では吉見百穴で生き埋めになる海底人の役で登場します。左目のホクロがチャームポイントです。食堂の名前は「洋食喫茶 オリオン」ですが、実在の店ではなく東映大泉撮影所のオープンセットのようです。

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      左から、インカ金星人、カビア、アウラ、一峰大二先生(漫画家)、キッド、ヴィマナ、京子ちゃん、 チャコ姉ちゃん(太地喜和子さん)、インカ金星人。

第一部・配役

第一部「インカ族の来襲」ではクレジットに役名が出てこないので配役がはっきりしません。正月休みに見直して下記の出演者について確認しました。インカ金星人は化粧が濃くて判別しにくいのですが、最初から最後まで登場するのが渡辺淳二さんです。渡辺さんは第二部では海底人F6号役(第7話では跛の浮浪者に変装)、第三部と四部では地底人役でも登場します。第12話で吾郎君に銃を取られてしまうドジなインカ金星人は河井一馬さんだと思います。

旗竜作/ナショナルキッド:小嶋一郎;小畑尚子(チャコ姉ちゃん):志村妙子=太地喜和子;少年探偵グループ(小畑幸男:福島卓,武部友宏:木村英世,大谷蔵三:清水徹,大谷吾郎:原一夫,山口京子:岡田みどり);アウラ:野川美子;ヴィマナ:片山滉;カビア:久保一;ドン・アトリシム:潮健児;水野博士:斉藤紫香;水野良子:阿久津克子=都築克子;水野博士の妻:水島京子;山田博士:山口勇;山田つね子:本間千代子;高倉警部:河合絃司;土居警部:岩上瑛;石井刑事:北峰有二=篠恵輔;橋田刑事:香取賢一(?);長谷川助手:槙章太郎;根田助手:田口耕平;川村助手:林宏;友人の子供達(北島君:江沢信行,マリちゃん:田山マリ,橋本恵美子,渡辺忠直,中野信広);円盤対策委員会議長:小金井秀春;委員会メンバー:大野広高,秋月竜:国会議員:沢彰謙(?);総司令:牧野狂介(?);司令部高官:滝謙太郎;陸上司令:植田貞光;島田航空司令:南川直;山中飛行隊長:北山達也;管制官:室田日出男;レストラン支配人:三木宏祐;コック:打越正八,野田邦夫;老科学者:白河青峰;小児麻痺の少年:梅沢直行;少年の母:歌川マユミ;インカ金星人:八名信夫,渡辺淳二,河井一馬;不明(大部分はインカ金星人のはず):高石義明,笠原昇,曙三四郎,佐藤利夫,鈴木啓太郎,山ノ内修,大宮進,高田竜二,原信夫,三重街竜,後藤武彦,林修二,佐藤大二郎,野上正義,上田侑嗣,久保比佐志,山田甲一 【敬称略,(?)は確信無し,太字の方は東映ニューフェイスとしてデビュー】

「インカ族の来襲」には室田日出男さん(左)、八名信夫さん(中央二枚)が出演されていました。こちら(My Photo Studio)に東映ニューフェイス時代の八名さんの写真と、デビュー当時(遊星王子に出演:右)のエピソードが紹介されています。

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火星人ドン・アトリシム役で潮健児さんも出演されていました(左)。衣装の一部を七色仮面(右)から流用していて笑えます。タイツ姿も・・・。

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第5話と第11話に野上正義さんの名前があります。珍しい名前ではないので同姓同名の可能性もありますが、野上正義さんはポルノ映画の俳優、監督、脚本家として現在でも活躍されてます。1940年3月生まれなので当時はまだ駆け出しの20歳。インカ金星役で出演されたのかもしれません。

海底魔王ネルコン

同じ絵柄の写真が色違いで使用されています。最近気づいたのですが、左上の面子は片山滉さん(真田博士)と久保一さん(貨物船の船長)の組合せで、「インカ族の来襲」のヴィマナとカビアのコンビです。真田博士の隣にいる少年はサンゴ君(江澤信行さん)です。

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海底人のチョウチンアンコウ型潜水艇。深度10,000メートルから一気に浮上して津波を起こす。

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ナショナルキッド単独

2007年4月21日の「久米宏 ラジオなんですけど」と言う番組に、ジーコ監督のポルトガル語通訳、鈴木國弘さんがゲストで出演されていました。番組の中でナショナルキッドのメンコが紹介されたのですが、ジーコ(Zico:Arthur Antunes Coimbra)監督もナショナルキッドの大ファンだったみたいで、「ナショナルキッドの国に行く」と言って日本に来たと言うエピソードが紹介されていました。番組のHP(ラジオなんですけど)でメンコの写真も紹介されていますが、小嶋一郎さん扮するキッドがマスクを取った珍しい姿(左下のメンコと同じもの)です。

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小池淳監督によれば、ナショナルキッドの衣装は「頭が金、胴は青、Nの字が赤、マント、手袋、靴が銀、タイツが濃いグレー」だったそうですが、メンコの多くは「胴が赤、Nの字は青」になっています。これは松下電器が宣伝用に撮影したカラー写真(左下)がワンショット・プロセス(飛行場面に用いられた合成撮影技術)用の赤い衣裳だったことに影響されたのだと思われます。

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                      正しい配色に基づいて塗りなおしたのが左から二番目の写真です。

ナショナルキッド飛行・円盤

空撮写真は羽田空港、銀座(服部時計店周辺)、渋谷(東急文化会館)です。海底魔王ネルコンにも登場しますが、1958年竣工の東京タワーはこの時代のテレビ番組に欠くことができない存在です。

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主な配役

小嶋一郎さん  Ichiro Kojima

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小嶋さんは東映ニューフェイス第5期生(1958年、梅宮辰夫さんと同期)ですから、ナショナルキッドはデビュー間もない頃の作品だったと思います。第三部「地底魔城」以降キッド役が巽秀太郎さんに代わったことについて小池淳監督は、「こういう番組の主人公は健康的じゃなくてはいけないでしょ。そういった点で小嶋くんはイメージに合わなかったからです」と答えています(宇宙船 vol.4)。言いがかりのようにも思えますが監督と何かトラブルでもあったのでしょうか?ナショナルキッド以降、特別機動捜査隊(テレビ)や東映映画にも出演されていますが1965年頃に芸能界から引退されたようです。

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太地喜和子さん(当時の芸名は志村妙子)  Kiwako Taichi (Taeko Shimura)

太地さんは1943年12月2日生まれなので番組開始当時はまだ16歳だったのですね。台詞の上手さ、聴き取りやすさはピカ一で、後の大女優としての片鱗がうかがえます。ナショナルキッドの前作、新・七色仮面(1960年2月~3月) では太地喜和子名で出演されているので、この頃は二つの芸名を使いわけていたのかもしれません。「志村妙子」の方が平凡な名前で一見こちらが本名のように思えますが「太地喜和子」が本名のようです。「東映の友 1961-12月号」にグラビア付きの紹介記事がありますが、「タイ坊」の愛称で呼ばれていて「タイチ・キワコ」が本名であることを支持します。なお、太地さんは東映ニューフェイス(第6期)に最年少の15歳で合格、高校に進学するかたわら榊原舞踏学園にも籍を置き、名取りになったことも紹介されています。 太地喜和子 - Wikipedia

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巽秀太郎さん   Shutaro Tatsumi

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ナショナルキッドに続いて「少年ケニヤ」にもアッサム探偵/ミスターⅩ役で出演されました。その他に紅孔雀(1961年)、特別機動捜査隊(1961年)、白い巨塔(1967年)などのテレビ番組や時代劇に出演されています。似た名前の「巽千太郎」と言う方が、光速エスパー、仮面ライダーなどに出演されていますが別人です。なお、海底魔王ネルコンではアナウンサーの役で一回だけ登場しました(右)。

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少年探偵グループ/チャコ姉ちゃん

左から、インカ族の来襲、海底魔王ネルコン、地底魔城、謎の宇宙少年(前編)、謎の宇宙少年(後編)です。原一男(一夫)さんは全編を通じて、探偵グループのお味噌、吾朗君役で登場しました。最年少の割には演技がとても上手だと思いますが、その後、俳優にはなっていないようです。なお、ブラジルのHPには『ゆきゆきて、神軍』の原一男監督としているものもありますが、年齢、顔立ちからみてこれは間違いです。

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上の写真中央は、小畑幸男役の福島卓 (Taku Fukushima)さんです。よく見ると肩掛け鞄に TF のイニシャルがあり自前の鞄のようです。

朝見朗さん/山本哲平さん  Akira Asami/Teppei Yamamoto

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「謎の宇宙少年(後編)」で少年探偵グループのリーダー役だった朝見朗さんはプロデューサーのお仕事をされているようです。こちらは顔もそっくりで、ご本人に間違いありません。右側は大谷蔵三役の山本哲平さんですが、1961年に制作された東映映画「宇宙快速船」では準主役の谷川健一を演じられました。

松川清さん Kiyoshi Matsukawa

「謎の宇宙少年」で宇宙少年・大空太郎役を演じられました。

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片山滉さん  Akira Katayama

ナショナルキッド役は小嶋一郎さんから巽秀太郎さんに変わりましたが、片山滉さんはチャコ姉ちゃん(太地喜和子さん)や水野博士(斉藤紫香さん)とともに皆勤賞です。

第一部・インカ族の来襲ではインカ金星人の幹部「ヴィマナ」、第二部・海底人ネルコンでは「真田博士(海底人が変装)」、第三部・地底魔城と第四部・謎の宇宙少年(前編)では「地底人」の役で、「黒岩博士」や「マリック長官」に変装していました。また、謎の宇宙少年(後編)ではザロック遊星人役で「川熊博士」に変装していました。

片山さんは1922年生まれですので、放送当時は38歳、俳優として脂の乗った時期だったと思います。遊星王子、宇宙快速船、仮面ライダーなどのヒーロー物の他、少年探偵団(映画)、特別機動捜査隊、旗本退屈男など、幅広く活躍されていました。

堀の深い西洋人のような顔立ちですが、生まれは仙台市で岐阜大学出身だそうです。 片山滉 - Wikipedia

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下の写真は左から、少年探偵団(記者・1956年)、遊星王子(医師・1959年)、宇宙快速船(医師・1961年)、忍者部隊月光(ジャッカル・1964年)です。

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野川美子さん   Yoshiko Nogawa

インカ族の来襲では「女首領アウラ」の役を演じました。敵役に似合わず言葉が丁寧で、堂々とした話し振りが印象的です(そもそも「インカ族の来襲」では水爆実験を重ねる地球人の方が悪役かもしれませんが・・・)。それから、地底魔城と謎の宇宙少年(前編)では地底人・アンナの役で出演しています。

「アウラ役は阿久津克子さん」と言う情報もあるそうですが、阿久津さんは水野博士の娘役で出演されているので、そちらと混同したのではないかと思います。

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久保一さん   Hajime Kubo

Photo_2 左からインカ金星人幹部・カビア(地球人・宇宙人姿/インカ族の来襲)、海底人(テレビカメラマンに変装/海底魔王ネルコン)、地底人将校(地底魔城)、ザロック遊星人(謎の宇宙少年)です。カビア役が誰か謎だったのですが、これらの写真から久保一さんであることがわかりました。久保さんも皆勤です。右のイラストは私の母校・東京都立立川高校の校章(旧制・東京府立第二中学校当時から同じデザイン)ですが、ザロック遊星人の帽章に似ています(消防署のマークにも似ていますが・・・)。

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阿久津克子さん/斉藤紫香さん/本間千代子さん    Katsuko Akutsu/Shiko Saito/Chiyoko Honma

阿久津克子さんは「インカ族の来襲」の中で、水野博士の娘、良子(よしこ)の役で出演していました。阿久津さんは「七色仮面・毒蜘蛛に手を出すな」では、龍造寺財閥の令嬢、千代子の役で出演されていますが、父親役はナショナルキッド、七色仮面ともに斉藤紫香さんでした。なお、斉藤紫香さんも皆勤賞ですが、「インカ族の来襲」では「水野博士」だったのが「海底魔王ネルコン」以降は「永野博士」となっています。 斎藤紫香 -Wikipedia

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阿久津さんは今でも現役のようで下記で写真を見ることができます。 MINOTAKE PLAN  阿久津克子 -Wikipedia

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上の写真で阿久津さんの隣りにいるのは本間千代子さんです。「インカ族の来襲」の冒頭で、山田博士の娘、つね子役で出演されました。1945年1月29日生まれですから、当時はまだ15歳。俳優としてデビューして間もない頃だったと思います。 本間千代子 - Wikipedia

河合絃司さん/岩上瑛さん  Koji Kawai/Ei Iwagami

河合絃司さんは高倉警部役、岩上瑛さんは土居警部補役(地底魔城以降は土居刑事)で全編に登場します。一番左の写真の右が河合さん、左が岩上さんです。右から二枚目の写真は遊星王子(1959年)に出演した河合さんですが、やはり警官役です。一番右は飢餓海峡(1965年)の写真ですが、網走刑務所の看守部長役です。

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脇役達

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北峰有二さん  Yuji Kitamine

出番はあまり多くないのですが、インカ族の来襲では石井刑事(左)、海底魔王ネルコンではテレビデレクター、地底魔城では小学校教師(友宏の先生)、謎の宇宙少年では山岡博士(右)の役で登場します。東映ニューフェイス第一期で、南原宏治さん、山本麟一さん、佐原広二さん、ピエール瀬川さん(謎の宇宙少年で川熊博士役)達と同期のようです。爽やかな雰囲気の二枚目です。

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槇章太郎さん   Shotaro Maki

Photo112406b 「インカ族の来襲」第1話~第4話に登場する「助手の長谷川君」は槇章太郎さんが演じられました。特に第4話では大活躍で小嶋一郎さんの次に名前が登場します。手がかりが少なく苦労しましたが、「テレビ時代」(1960年5月第5週号)のグラビア記事に、「徳川風雲録」(日本教育テレビ)で主役の冴月風太郎を演じる槇さんの写真を見つけ、顔と名前が一致しました。「徳川風雲録」には槇さんの他、野川美子さん、滝謙太郎さん、白河青峰さん、野田邦夫さん等、ナショナルキッドでお馴染みの方々が多数登場します。

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【悲願成る 時代劇初出演の槇章太郎】 東映のテレビ映画「徳川風雲録」(5月13日より日本教育テレビから放送)に主役として抜擢された槇章太郎は、はじめての時代劇出演とあって、大いに張り切っている。彼は数年来時代劇スターを悲願していただけに、そのよろこびに胸をはずませながら、「チャンスと思います」と元気に語る。今、撮影の暇をみつけては、中野にある神影派の柳生流の柳生館道場へ通って、小太刀の「浮船」「松風」「清月」などの型を、館長の中島将弼(しょうひつ)氏に叩きこまれている。

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潮健児さん  Kenji Ushio

「インカ族の来襲」では火星人代表ドン・アトリシム(左端)を、「謎の宇宙少年」ではロンド国元首(左から二枚目)を演じられました。潮健児さんは何と言っても「仮面ライダー」の地獄大使役が有名ですが、「悪魔君」の二代目メフィスト、「河童の三平 妖怪大作戦」のいたち男(右から二枚目)など、味のある脇役を演じられています。右端の「少年探偵団 妖怪博士/二十面相の悪魔(1956年)」では岩上瑛さんと一緒に通信士役でした。 潮健児 -Wikipedia

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江澤信行さん  Nobuyuki Ezawa

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「海底魔王ネルコン」ではサンゴ少年(左端)、「インカ族の来襲」では少年探偵グループの友人・北島君(左から二番目)を演じられました。そして、7年後の1967年には青春テレビドラマ「でっかい青春」に新聞部の林健太郎(大学入学時の総長と名前が同じ!)役で登場しています。現在は役者をやめてクロネコヤマトに勤務しているそうです(江澤信行さんインタビュー)。右三枚の写真は「マヤの暦」さんからお借りしたものです(マヤの暦さんのサイトには懐かしいテレビ番組がいろいろと紹介されています)。なお、「でっかい青春」は私の母校「立川高校」でもロケが行われました。右二枚の写真に見える校舎がそうだと思います。

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                             ↑1973年頃の立川高校

亀井明さん  Akira Kamei

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曽根秀介さん/桜井悦子さん   Shusuke Sone/Etsuko Sakurai

「地底魔城」に山の友の会会長・緑川剛介、アシスタント・佐野かおると言うコミカルな役柄で登場しました。

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野田邦夫さん   Kunio Noda

「インカ族の来襲」では第3話のコック(左)、「地底魔城」では冒頭、洞窟で生埋めになる海底人、「謎の宇宙少年」では最終話に司令官役で登場しました。そして「海底魔王ネルコン」では居眠りをして海底人を取り逃がしてしまうドジな警官役(右)を演じられました。その時の相棒役は砂塚秀夫さんです。

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北山達也さん   Tatsuya Kitayama

飛行用マスクのため顔がはっきり見えませんが、「インカ族の来襲」の冒頭に登場する山中飛行隊長は北山達也さんだと思います。北山さんの登場はこのシーンだけです。右の写真は「二・二六事件 脱出(1962年・東映)」に市田少尉役で出演された北山さんです。

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秋山敏さん  Toshi Akiyama

「謎の宇宙少年」に司令官役(左)で一回だけで出演されました。「少年ケニヤ」でマサイ族酋長センゲの腹心ロメ役(右)で出演された他、仮面ライダー (スカイライダー)の悪役、隊長蛇塚役でも有名です。

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滝謙太郎さん  Kentaro Taki

マゼラン大統領(謎の宇宙少年)、司令官(インカ族の来襲)、古物商・張(地底魔城)。右の写真で一緒にいるのは沖野一夫さん(浮浪者・赤平)です。

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伊藤重利さん  Shigetoshi Ito

警官(海底魔王ネルコン)、海底人(地底魔城)、若い漁師(謎の宇宙少年)。まだ確信がありませんが、左の写真手前側の警官は向精七さんではないかと思います。

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河井一馬さん  Kazuma Kawai

「インカ族の来襲」では、吾朗君に銃を取られてしまうドジなインカ金星人役を演じました。「海底魔王ネルコン」では海底人F7号、「地底魔城」では冒頭に登場する海底人、「謎の宇宙少年」ではザロック人G役でした。白鳥の騎士(1961年)では鬼童丸を演じられましたが、この写真から河井さんの顔が判明しました。

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渡辺淳二さん  Junji Watanabe

「インカ族の来襲」ではインカ金星人役で最初から最後まで登場します。演技は上手ですが、異星人役にしては訛り(茨城?)が強いのが気になります。「海底魔王ネルコン」では海底人F6号(跛の乞食に変装)、「地底魔城」と「謎の宇宙少年」では地底人役でした。

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小金井秀春さん  Hideharu Koganei

全シリーズに様々な役で登場します。委員会議長(インカ族の来襲); 船長(海底魔王ネルコン); 大山大臣(海底魔王ネルコン); 航空会社重役(地底魔城); 医師(謎の宇宙少年)

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山口勇さん/打越正八さん  Isamu Yamaguchi/Shohachi Uchikoshi

山口勇さんは山田博士役(インカ族の来襲)、打越正八さんはコック役(インカ族の来襲)で登場しました。ナショナルキッドに引き続いて放映された「少年ケニヤ」では、山口さんは三魔人のリーダー・ガルゴ役、打越さんはオンドン役でした。

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三木宏祐さん  Hirosuke Miki

左はマゼラン遊星・第一参謀=宇宙少年の父親(謎の宇宙少年)、右はレストラン支配人(インカ族の来襲)です。「少年ケニヤ」ではバジャー国王役だったようです。

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月村圭子さん  Keiko Tsukimura

謎の宇宙少年(後編)にザロック人幹部・グレーテ役(左2枚)で登場しました。「七色仮面 毒蜘蛛に手を出すな」では毒蜘蛛の一味・目上眉子役を演じられました(右2枚)。

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高石義明さん Yoshiaki Takaishi

地底人や海底人(TV局職員に変装)役で登場しました。インカ族の来襲にも出ているはずですが役柄がわかりません。

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地底人

左から、渡辺淳二さん/上田侑嗣さん、 向精七さん?/久保一さん、高石義明さん/渡辺淳二さんだと思います。
Junji Watanabe/Yuji Ueda; S. Mukai/Hajime Kubo; Yoshiaki Takaishi/J. Watanabe

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科学者の助手

左から、長谷川助手(槇慎太郎さん)、根田助手×2(田口耕平さん)、川村助手(林宏さん)です。一番右は山田博士の助手で、俳優は曙三四郎さんではないかと思いますがはっきりしません。
Sintaro Maki; S. Kouhei Taguchi; Hiroshi Hayashi; Sanshiro Akebono (?)

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自衛隊幹部

左から、植田貞光さん、細川直也さん、南川直さん、仲原新二さんです。一番右は牧野狂介さんではないかと思いますが確信はありません。
Sadamitsu Ueda, Naoya Hosokawa,Tadasi Minamikawa Shinji Nakahara & Kyosuke Makino (?)

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その他 

表にまとめた以外に下記の方々が出演されました。

沢彰謙(国会議員?);秋月竜(委員会メンバー);大野広高(委員会メンバー);水島京子(水野博士の妻);林宏(助手・川村);香取賢一(橋田刑事?);歌川マユミ(ヨシタカの母);牧野狂介(総司令?);田山マリ(友人のマリちゃん);中野信広(友人);渡辺忠直(友人);打越正八(コック);山之内修(警官);原信夫(運転士);清水正(真田博士・本物);田所三久夫(海底人F10号/漁民);曙三四郎(漁民);若宮金太郎(学者);岡博(観測員/地底人);堀川武(観測員);砂塚秀夫(警官);向精七(警官/地底人);大木史郎(灯台技師);中村勝利(登山家);八方ゆり(登山家);清見淳(山の青年);水沢昶(山の青年);上田侑嗣(地底人);三木敏通(地底人);志摩栄(大臣);鈴木志郎(陸軍司令);滝沢昭(刑事);轟木謙二(警官);村木須美子(看護婦);伊達弘(御用聞);古市松吉(海底人/ザロック人);小田桐敏(ザロック人);四志譲二(ザロック人);武藤周作(ザロック人);金丸修(ザロック人);浜田格(ザロック人);星徹(増田博士);秋山敏(司令官);大宮進(司令官)

以下の方々は第一部「インカ族の来襲」に名前があるのですが役名がわかりません。多くはインカ金星人役だと思います。

久保比佐志;後藤武彦;佐藤大二郎;鈴木啓太郎;高田竜二;野上正義;林修二;三重街竜;山田甲一;笠原昇;佐藤利夫

飢餓海峡

2008年の正月休みに「飢餓海峡」を見ました。この映画はナショナルキッドの5年後、1965年に東映が作製した作品で、多くの俳優さんがナショナルキッドとかぶっています。このうち、河合絃司さん(看守部長)、志摩栄さん(警察署長)、曽根秀介さん(温泉宿主人)、八名信夫さん(ヤ○ザ)、久保一さん(警官)、北峰有二さん(警視庁係官)、松川清さん(弓坂刑事の次男)については顔を確認しましたが、北山達也さん、室田日出男さん、沢彰謙さん、山之内修さん、打越正八さんはよくわかりませんでした。特に山之内さん(記者)に関しては他の資料からも顔が特定できていないので、何とか見つけ出したいと思います。なお、松川さんはナショナルキッドでは太郎(宇宙少年)役で「お父さーん」と叫びましたが、この作品では次郎役で「おやじー」と叫びます。全くの偶然かも知れませんが、私は内田吐夢監督の遊び心を感じます。

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左から、曽根秀介さん、八名信夫さん、久保一さん、北峰有二さん、松川清さんです

ナショナルキッド「ぼくら」表紙/メダル

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                   ↓クリックすると大きくなります。

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               上の写真は少年探偵グループが胸につけていたメダルです。オークションで手に入れました。

メモ帳

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20世紀少年も最終章を迎えるようですが、サダキヨ以外にナショナルキッドのお面を被る謎の少年がいて(単行本20巻,p.204)、これが「ともだち二世」かもしれません。髪形が全く違ってはいますが、私はこの少年は「ドンキー(木戸三郎)」あるいはその兄弟ではないかと考えています。と言うのは、「フクベエ=服部」のお面が「忍者ハットリくん」ならば、「ドンキー=木戸」のお面は「キッド」になるからです。あまりにも単純な考えではありますが・・・。(21世紀少年の単行本を読みましたが見事はずれでした。2007年9月)

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2008年5月23日 (金)

ナショナルキッド・ロケ地

ナショナルキッドのロケ地を発掘しています。これまでに、少年探偵グループが真田博士に会った博物館(海底魔王ネルコン):国立科学博物館、チャコ姉ちゃん(小畑尚子=太地喜和子)が海底人に拉致された池(海底魔王ネルコン):練馬区石神井池、山の友の会会長・緑川剛介の講演会場(地底魔城):杉並公会堂、吉見百穴(地底魔城)、浜の崎灯台(謎の宇宙少年・後編):三浦市の剣崎灯台などが判明しています。

最近、大泉学園関係の掲示板を通じての閲覧が多いので、大泉中学校と大泉バラ園に関する写真を追加しました。

城北大学附属三笠小学校=練馬区立大泉中学校

少年探偵グループが通う三笠小学校は「インカ族の来襲」第一話を始め、「地底魔城」で少年探偵グループの山口京子ちゃんが看護婦に変装したアンナに誘拐されるシーンや、「謎の宇宙少年」で大空太郎が地底人に狙われるシーンに登場します。

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「地底魔城」の映像を見ると、小学校の向かい側の道に「久保田産科婦人科」と読める看板がありますが、地図を調べると東映大泉撮影所の近くに「久保田産婦人科病院」という建物があることがわかりました。

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「久保田病院」の真向かいには、当時から「練馬区立大泉中学校」があることがわかりました。そこで、現地に赴き調査した結果、道の曲がり具合や「久保田病院」との位置関係もピッタリで、ここが「三笠小学校」のロケ地であることを確信しました。

旗竜作研究所=大泉バラ園

旗竜作(実はナショナルキッド)の私設研究所で、少年探偵グループが寝起きしている建物です。

手掛かりが少なく苦労しました。小池監督が『宇宙船 第4巻』インタビュー記事の中で「旗竜作の研究所は大泉撮影所の近くにあったバラ園だった」ことを述べておられますが、確かにバラの花があちこちに出てきます。また、建物の正面にはシュロの木が三本生えていて右側には階段が見えます。

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さらに、研究所前の道にはバスが走っていて、研究所に向かって左方向に行くと右にカーブしていることもわかりました。

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そして、バス通りから見て研究所の右奥には高圧線の鉄塔も見えます。        

これらの条件を満たす建物を1974年の航空写真から探したところ、下の写真に示す建物がピックアップされ、建物の前の様子もいかにも庭園風であることがわかりました。

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そこで、1974年当時の詳細な地図(東京都航空住宅地図帳・昭和50年版)を調べたところ、確かにここに「大泉バラ園」があったことが確認されました。

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2005年の4月に現地を訪れてみました。バラ園はもうありませんでしたが、近くに「ローズマンション」と言う建物が建っていました。そして何よりも、4~5メートルほどに大きくなったシュロの木が三本、寄り添って生えているのを見つけて感激しました(2006年6月の時点でもシュロの木は三本とも健在でした)。            

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建物は1979年には既に無くなっており、現在は民家が建っています。   197420062_2

                                 20081223_999_1a   シュロの木の子孫を育てています。 

国際原子科学研究所/川村海洋学研究所=本田技研サービスセンター

104406b_2写真は「インカ族の来襲」に出てくる「国際原子科学研究所」です。三角屋根のバルコニーが張り出した特徴的な建物で、道を挟んで右奥には学校(校庭にいるのは小学生のようです)があります。また写真の奥の方には送電線らしき物も写っています。同じ建物が海底魔王ネルコンでは「川村海洋学研究所」として使われており、かなり広い道路に面していることもわかりました。1960年当時、鉄筋コンクリートの校舎はまだ珍しく、ヒントはいろいろとあるのですが、なかなか糸口がつかめませんでした。「朝霞演習場なんかよく行きました」と言う小池監督の言葉を思い出し、周辺の朝霞市、和光市を探したところ、条件にピッタリの建物が見つかりました。

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建物の向こうに見える小学校は「和光市立第三小学校」です。ロケに使われた建物は既に無くなっていますが、航空写真から1989年までは存在しており、「本田技研サービスセンター」の敷地内にあったことがわかりました。和光市(当時は埼玉県北足立郡大和町)には1953年以来「ホンダ」の工場がありますが、ナショナルキッドが撮影された1960年は「本田技術研究所」が分離独立した年なので、象徴的な意味合いを持って作られた建物ではないかと思います。

白黒の映像ではわからないのですが、上の航空写真(1974年)を見ると真っ赤な屋根(1984年以降は白)の建物だったことがわかります。建物に面した道路は川越街道(旧道)です。なお、和光三小のHPによると、校舎の落成式が1960年5月17日(奇しくも私の弟が生まれたその日です)、プールの竣工が1960年7月とのことです。「インカ族の来襲」の第一話を良く見ると建設中のプールが映っていますので、6月頃に撮影されたのだと思います。

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現在はHONDAの販売店(Honda Cars 埼玉和光中央店)になっています。和光第三小学校の建物は49年経っても健在です。2009年4月撮影

真田博士邸=文部省史料館(旧・三井文庫、現・国文学資料館

特徴的な建物ですが手がかりが全くありませんでした。石神井池で撮影されたシーンに続いて登場するので、石神井池の周辺を探してみたり、石神井池の近くに住んでいる知人にも聞いてみましたが、見つけることができませんでした。以前、「ナショナルキッド×ロケ地」で検索した際に「ナショナルキッドのロケに国文学資料館(品川区)の森が使われた」との書き込みがあったのですが、東映撮影所からは遠いので他の番組と混同しているのだと思っていました。しかし、国文学資料館の前にも真田邸と同じくかなり大きな池がありますので、あらためて可能性について検討してみました。

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調査の結果、国文学資料館の歴史は新しく、1960年当時は「文部省史料館」、さらにその前身は「三井文庫」であることがわかりました。そこで、あまり期待しないまま三井文庫の写真を検索したところ中央の真田邸にそっくりの写真が見つかりました。この建物は1974年以前に建て替えられているようですが真田邸に間違いないと思います。

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真田邸爆破のシーン(海底魔王ネルコン 第5話「 尚子の死刑台」)は模型の出来も良く、当時としてはなかなかの迫力だったと思います。

一日だけの休日・多摩川の橋=多摩川原橋

190705b_2 インカ族の来襲の第9話「一日だけの休日」で登場人物達がピクニックに行くシーンに出てきます。多摩川の橋であることは確かだと思うのですがなかなか特定できませんでした。下の写真(左から二番目)は完成直後(1935年)の多摩川原橋です。特徴的な二本のポーチが立っていますが、このポーチとよく似た柱が映像写真にも見えます。

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上の写真は現在の多摩川原橋です。2006年に新しい橋に架け替えられました。

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Photo_9190644映像を見ると橋の少し下流側に二本の松がありますが、多摩川原橋の丁度この辺りに「筏の松(別名:舟つなぎの松)」と呼ばれる樹齢200年を超える松が二本生えていて樹形も良く似てます。また、土手には階段がありますが、1974年の航空写真にも同じ位置に階段らしき物が見えます。以上の理由からこの橋は「多摩川原橋」でほぼ間違いないと考えています。映像に見える土手は多摩川の調布市側と考えられ、川遊びの場所は土手に面して出来た水溜り(現在は草原)だと思います。

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映像の土手にはバスが見えますが、当時から小田急バスにより調布→矢野口→柿生のルートで運行されているので、多分これがそうだと思います。1964年の情報ですが運行回数は日に3便で、調布~柿生間が35円だったそうです。現在、路線バスは土手を通らず直接鶴川街道を走っているようですが、その代わりに京王閣競輪場と矢野口駅を結ぶシャトルバスが土手を走っています。

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地底人基地の入口=青山墓

「謎の宇宙少年」で地底人基地の入口として使われた墓地は青山墓地(外人墓地)であることがわかりました。

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写真(右から二番目)の植込みの向こうにある一角に基地の入口がありました。ちなみに、一番左の写真手前の灰色のお墓は銅版画家で印刷技術指導者のE. Chiossone教授(1838-1893,イタリア人)、その右後ろの屋根に十字架のあるお墓は土木技師で水道事業指導者のH.S. Palmer氏(1832-1898,イギリス人)です。外人墓地のお墓の多くは日本の近代化に貢献された方々のものです。

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左上の写真は、基地の入口のあった所を表側から見たものです。墓石には、
ALICE; WIFE OF WILLIAM J. BISHOP; DIED MARCH 9, 1900, AGED 27
SON OF; WILLIAM J. AND CLARA MAY BISHOP; BORN AND DIED DECEMBER 5, 1902

CHRISTIAN LITERATURE SOCIETY JAPAN; 財団法人 日本キリスト教文化協会; 株式会社 教文社

と刻まれており、BISHOP氏の前妻と死産した子息のお墓のようです。
当時から更地の状態だったようなのでお墓のセットを置いて撮影したのだと思いますが、今だったら許されないのではないかと思います。

その他(吉見百穴/剣崎灯台/石神井池/国立科学博物館/杉並公会堂)

吉見百穴は「地底魔城」の冒頭に出てきます。1887年に坪井正五郎博士が調査して、「コロボックル人」の住居跡と発表しましたが、現在では古墳時代後期に作られた横穴墓群と考えられているそうです。

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ロケ地ははっきりしないのですが、右下の写真では宇宙少年と少年グループが「埴生の宿」を歌いながら行進しています。小池淳監督は「自衛隊の朝霞演習場なんかよく行きました」と話しておられますが、広々とした場所なのでここで撮影された可能性大です。ところで、私は何故かこのシーンを良く覚えています。特に音楽が好きと言うわけではないのですが音楽が加わると記憶に残りやすいのかもしれません。脳研究者の端くれとして非常に興味深く思います。

少年ジェット・ロケ地

ナショナルキッドではないのですが、少年ジェット「黒い影」でジェットがオートバイで渡る橋は、多摩水道橋であることがわかりました。右端に小田急線が走っているのが見えます。Photo_46    /20080420_3

2008年4月20日、多摩水道橋と多摩川原橋の写真を撮影しました。これらの橋の間を多摩川沿いに歩いたのですがとても疲れました。若い頃は長距離走の選手でフルマラソンにも出たことがあるのですが情けない限りです。

多摩水道橋の2km程上流にはユニークな形の「二ヶ領上河原堰堤」がありますが、ここを背景にしたシーン(下中央)も登場します。大映東京撮影所に近く撮影に便利だったものと思われます。左下の写真は京王相模線の車中から撮影したもので映像とは逆側(上流側)からの風景です。当時とは随分形が変わっていますが堰は今でも健在です。

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右上の写真は少年ジェット「黒い影」に出演された和泉雅子さんです。1947年7月31日生まれですから当時12歳、文句なしの美少女でした。  和泉雅子 - Wikipedia

1959年頃の新宿駅西口(「まぼろし探偵」より)

調子に乗ってもう一枚。「まぼろし探偵(ウランの秘密・前編)」からです。背景として写し込まれた当時の風景を知ることも、昔の映像を見る楽しみの一つです。下の写真ではパナマ帽の男が小田急線を出て、「茶の池田や」の前を通って京王線に向かっています。写真の奥側が南になりますが、当時の地図を見ると、小田急線は今よりもかなり北側(現在の小田急百貨店辺り)まで来ており、今とは逆に小田急線の駅舎の方が京王線よりも北にあったことがわかります。京王線の看板に「多摩動物公園・野猿峠・高尾山」とあります。多摩動物公園と高尾山は今でも観光地と言って良いと思いますが、手軽なハイキング地として有名だった「野猿峠」は今は見る影もありません。当時の名残りで「ホテル野猿」と言うラブホテルがあるくらいです。なお、「茶の池田や」さんは、現在でも同じロゴのまま小田急エース南館で営業されています。

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2008年5月22日 (木)

National Kid in Brazil

ナショナルキッドはブラジルで人気だったようで、日本では売られていないDVDも販売されているようです。下記は昔の映画のDVDを販売しているRETROTVと言うサイトからキャプチャーしたものです。

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下の方に黄色の文字で示しましたが、「少年グループのリーダー役である原一男は著名なディレクターになり、 ドキュメンタリー『ゆきゆきて、神軍』(1987)で名声を得た」と言うようなことが書いてあります(ポルトガル語には自信ありませんが・・・)。確かに、少年探偵グループの吾郎くん(リーダーではなくグループの「おみそ」)は、原一男さん(インカ族の来襲、海底魔王ネルコンでは原一夫)が演じていますが、「ゆきゆきて、神軍」の原一男監督は1945年生まれなので、ナショナルキッド製作当時は15歳、吾郎くん役は明らかに無理ですし、顔も全く似ていません。また、赤字で示したように、ブラジルでは「旗竜作」が「旗マッサオ」になっています。「リュウサク」は発音しにくいのでしょうか?

National Kid (Brazil)  - Wikipédia

Celacanto_provoca_maremoto_2 ブラジル版・Wikipediaによれば、ブラジルでは64年から70年代の初めまで放映されました。ところが、軍事独裁政権下の法務大臣が「空飛ぶヒーロー物」全般を批判したため突然中止されたそうです。また、「ブラジルでは子供達に大人気だったが日本ではそれほどでもなかった」とあり、90年代にブラジルを訪れたプロデューサー(小池監督でしょうか?)がその人気ぶりに驚いていたエピソードも紹介されています。ところで、ブラジルでは「CELACANTO PROVOCA MAREMOTO!」(シーラカンスが津波を起こす)という言葉が有名みたい(70年代に落書きとして広まったらしい)ですが、これはナショナルキッド第二部「海底魔王ネルコン」のストーリーに由来するそうです。真田博士の台詞、「冗談ではない。シーラカンスは津波のもとだ。今にシーラカンスが津波を起こすぞがこのように訳されたのだと思います。                        

ポルトガル語はほとんどわからないので、自動翻訳ソフトを利用して英訳し、明らかに誤訳の部分は辞書を頼りに修正しました。文章が変なところも多々ありますが、日本語へ直接翻訳した場合に比べればかなりマシで、大体の意味は理解することができます。

National Kid (ナショナルキッド, Nashonaru Kiddo in Japanese) is a Japanese series of Tokusatsu that was displayed in Japan from August 4, 1960 to April 27, 1961. It was produced by Toei Company and displayed by NET (current TV Asahi).

Index
1 Establishment
2 Plots
3 The Characters
4 The Stories
  4.1 The Incas Venusians
  4.2 The Beings of Abyssal
  4.3 The Empire under the Ground
  4.4 The Zarrocos Spaceman
  4.5 The Mysterious Boy from Space
5 Exhibitions and Impact in Brazil
6 References
7 External links

Creation
The series was created in 1960, by order, to serve as merchandising for appliances factory in National Electronics Inc., Panasonic current. The task was handed to the Mangaka Daiji Kazumini, the same as some time later create another space hero, Spectreman. The character should have special powers, fly and fight for peace in the world. The name of the company was useful to help increase sales. The actors were all amateurs and all the episodes were filmed in black-and-white.

一峰大二先生の名前が「カズミニ」とされています。それから、「漫画家」という言葉は「特撮」とともにブラジルでもそのまま通用するようで、「Mangaka」「Tokusatsu」でWikipediaに載っています。「俳優は全て素人」などと失礼なことが書いてありますが、これは誤訳でしょうか?確かに台詞を棒読みの大根役者もいますが・・・。

The opening of the episodes began with the words of the announcer, in the form of a motto:
  That is faster than a jet aircraft, stronger than the steel!
  The invincible knight of peace and justice.... National Kid!
  From there then the theme song of the series was sung.

Synopsis
When the Earth was threatened by beings from another planet, he was appeared with a spacesuit, helmet, mask, hood and glove that saved all and was helped (or interrupted) by various characters. He was National Kid. He was from a star outside our galaxy called Alfa-Centaurus. What characterized this super-hero was his way of flying. Unlike Superman or any other, he flied with open arms. With two pistols, he combated against the opponents. His body struggles with its adversaries were real dances, and he is one of the precursors of martial struggles seen today in films of the genre.

キッドはアンドロメダから来たことになっていたと思いますが、ブラジル版ではアルファ・ケンタウルスになっています。アンドロメダではあまりに遠いと考えたのかもしれませんが、アルファ・ケンタウルスだと「銀河系外の星」ではなくなってしまいます。ナショナルキッドは「四次元の世界を克服し、不可能を可能ならしめ」ることができるので多分大丈夫なのでしょう。

「キッドと敵との格闘は正に舞踊であり、彼は今日の映画分野で見られる戦闘場面の先駆者の一人であった」とあります。敵役のインカ金星人・Z団の動きはいかにもチャンバラ風で、多くは東映時代劇の大部屋役者さんではないかと思います。八名さんは別格としてクレジットに名前が出ていない方も多いようですが、このようにブラジルでは高く評価されています。

Nobody knew that, in fact, Massao Hata had dual identity: he was the National Kid. Two actors played the character of National Kid: Ichiro Kojima started the series, replaced by Tatsume Shiutaro from the story "The Empire under the ground."

旗竜作が「旗マッサオ」に、巽秀太郎が「タツメ・シウタロ」になっています。 Massao Hata × Masao Hata ○  Tatsume Shiutaro ×  Tatsumi Shutaro ○

The Characters
Massao Hata was a quiet professor whose students were Japanese children Goro, Kura, Yukio, Kioko, Tomohiro and Tiako (the oldest, which took account of the house and minors). His assistant is named Yuriko. There was also the scientist Dr. Mizuno and delegate Takakura with his assistant Hisako.

「チアコ」と「ヒサコ」はチャコ姉ちゃんだと思いますが、竜作の助手はチャコ姉ちゃんだけで「ユリコ」は居なかったはずです。蔵三くんは「クラ」、京子ちゃんは「キオコ」です。

The Stories
The series consists of 39 episodes spread of five stories:

The Incas Venusians
Beings of pointed ears, dressed in a costume with the letter Z printed in shirt, were commanded for Empress Aura. A striking feature was its greeting: "Awika" with the arms crossed. They flied bringing the knees and seemed to be running in space.

The Beings of Abyssal
Governed by Nelkon, the devil of the Kingdom Abyssal, they were going on board the submarine-monster whose name was Coelacanth or Guilton When the fins swung, an earthquake was provoked, hence the famous phrase: "Coelacanth causes Seismic Sea Wave."

ギルトールが「ギルトン」になっています。潜水艦の名前が「Coelacanth or Guilton 」となっていますが、シーラカンスは海底人の正体であり潜水艦ではなかったと思います。 

The Empire under the Ground
The subterranean people commanded by Helltar and Hana with professor Kuroiva searched for the formula of the element Cobalcio, which would bring power to possess. 

ヘルシュタインは「ヘルター」、アンナが「ハナ」、そして黒岩博士は「クロイヴァ教授」です。コバルチウムが「コバルシオ」になっています。

The Zarrocos Space
The Beings of prominent noses commanded the monster Giabra(ギャブラ). This not only destroyed the cities of Tokyo, Osaka and other lesser known intercession by the National Kid.

The Mysterious Boy from Space
Taro, the boy from space fallen in error on Earth. Then, it is made prisoner by the authorities of the earthmen. The father of Taro with anger threatened to destroy the Earth because of his son. It began the destruction of Tokyo. His son who had been friend of minor detectives (students of Massao Hata) calls upon him so unusual: screaming for his father in the direction of space, without any electronic device for communication, that the earthmen were good people. Thus, his father heard the message and the Earth were saved. Then Taro returned in safety to their planet.

At the end of this story, Massao Hata revealed their identity secret and with the mission accomplished he went back to Alfa-Centaurs with a message of peace and optimism.

Display and impact in Brazil
In Brazil was televised from 1964 until the early 1970 by Network Record and television programs. The series just stopped happening on TV because the Minister of Justice of the military dictatorship, Alfredo Buzaid, criticized all the series that had super-heroes flying.

Although it has been very successful among youth in Brazil, has not made much success in Japan. In the words of its producer, which in travel to Brazil in the decade of 90s was discovered by a reporter that interviewed, said to be surprised by the popularity that the series had achieved in the country.

The popularity exists until today: the villains as the Incas and Venusians, the expression "Coelacanth causes Seismic Sea Wave" are derived from the series. In Brazil, National Kid was in 1993 some of its episodes released on VHS. In the second half of 2002 was released on two DVDs.

今でも「インカ金星人」が悪党の代名詞になっているのだとしたら、インカ人の末裔の方々にとってはお気の毒な話です。

On DVD:
National Kid against the Incas Venusians (Sub-divided by episodes below)

"The Flying Saucer Attack of the Unknown"       謎の円盤来襲
"The Abduction of Dr. Yamada"                        ダブルZの恐怖
"The Terror of the Great Metropolis"                大都会の戦慄
"The Amendment of Brain"                              恐怖の頭脳改造
"The Revenge of Awika"                                  アヴィカの復讐
"National Kid in Danger"                                  危うしナショナルキッド
"The Fire"                                                     ウラトン石の怪火
"The Attack of Ship Escal"                             スカウの恐るべき来襲
"One morning on Sunday"                               一日だけの休日
"In Search of Petalia"                                     ペタルニヤSを探せ
"The Weapon of Fire Alfa"                               火焔銃アルファ
"The Invasion of Flying Saucer"                        円盤総攻撃
"The Great Space War"                                   宇宙大戦争

第二話の日本語タイトル「ダブルZの恐怖」は意味が良くわかりません。ブラジル版の「山田博士の誘拐」の方が内容に合っていて良いですね。

References

BAHIANA, Ana Maria - Almanaque Anos 70 - Rio de Janeiro, Editora Ediouro, 2006 - ISBN 85-00-01788-0

Site on the complete series
InfanTv - Site on the complete series
Page with several photos and information about the National Kid
MUSASHI's Nostalgic Museum (in Japanese)

最近ブラジルからの閲覧が多いと思っていたらリンクが貼られていました。

Categories: children's programs | series of television | Tokusatsu

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森永製菓ビックリバッジ/江崎グリコ切手

森永ディズニーキャラメル

私が小学校に入学した頃ですから1962年か1963年だと思います。森永ディズニーキャラメルに「ビックリバッジ」というオマケがついていました。「ビックリバッジ」とは、光の屈折を利用して見る角度によって絵が変わるバッジのことですが、当時は仕組みがわからずとても不思議に思っていました。

キャラメルの箱の中に一つずつ、下の写真のような小さなバッジ(直径=約1.9 cm)が入っていたのですが、バッジの裏はシールになっていて、私のいた小学校では野球帽のつばの裏にビッシリと貼るのが流行っていました。

MickeyMinniePlutoPluto2Donald_duck1Donald_duck2_1HueyBongo1fun_and_fancy_freeBongo2fun_and_fancy_freeLulubellefun_and_fancy_freeChipchipn_dale

Mickey Mouse;Minnie Mouse;Pluto 2;Donald Duck 2;Huey;Bongo 2 & Lulubelle in Fun AND Fancy Free;Chip in Chip'n Dale

Dopeysnow_whiteDumbo1Dumbo2Fifer_pig1three_little_pigsFifer_pig2three_little_pigsBambi_1ThumperbambiFlowerbambiPongo101_dalmatiansLadylady_and_the_trampFigaropinocchio

Dopey in Snow White;Dumbo 2;Fiddler Pig 2;Bambi, Thumper & Flower in Bambi;Perdita in 101 Dalmatians;Lady;Figaro in Pinocchio;

Princess_aurora_sleeping_beautyPeter_panTinker_bellpeter_panTinker_bellpeter_pan_1Johnpeter_panCaptain_hookpeter_panTiger_lilypeter_panDog             

Princess Aurora in Sleeping Beauty;Peter Pan, Tinker Bell 2, John, Captain Hook & Tiger Lily in Peter Pan;Dog

下のような『ワッペン型』のものもありました。

Timothy_mousemickey_mouseFlowerminnie_mouseLouieplutoFifer_pigtrampLadylulubelle_1DopeychipGusgrumpyMad_hatterbashfulWendysneezyJiminy_cricketfigaro_1Pinocchiotoby_tortoiseMerlinwart

Mickey/Timothy; Minnie/Flower; Pluto/Louie; Tramp/Fiddler; Lady/Lulubelle; Dopey/Chip; Grumpy/Gus; Bashful/Mad Hatter; Sneezy/Wendy; Jiminy/Figaro; Pinocchio/Toby; Wart/Merlin

記憶が定かでないのですが、確か「当り券」を送ると下の写真のような大きなバッジ(直径=約6.2 cm)がもらえました。

  
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わが家には、「ミッキーマウス/プルート」「バンビ/ダンボ」「ボンゴ/ピノキオ」「とんすけ(バンビのウサギ)/オーロラ姫」の組合わせがころがっていますが、これ以外に「ドナルドダック/ピーターパン」「おとぼけ(白雪姫の小人)/レディ(わんわん物語)」のバッジがあるようです。

                              2_3

下の写真はディズニーキャラメルの外箱です。左側が古い物だと思いますが、それぞれの年代がわかりません。ご存じの方は教えて下さい。

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森永パレードチョコレート

1963年にはパレードチョコレートが発売されました。箱の蓋には小型のビックリバッジ(ディズニーキャラメルのものよりは少し大きい)がついていて、当り券を送ると大型のバッジがもらえました。

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「プロ野球シリーズ」では球団のマークと顔写真が変化するようになっています。ジャイアンツの「王貞治」「長嶋茂雄」の他に、「阪神・村山実」「西鉄・稲尾和久」「大洋・桑田武(?)」があることを確認しています。パレードチョコレートのオマケには「プロ野球シリーズ」の他に、「チロリン村とくるみの木(NHKの人形劇)」のシリーズがあり、上の写真の「ツボミのリップちゃん/ピーナッツのピー子」「カブラのシロキチ/カッパのコンキチ」以外に、「クルミのクル子/トウモロコシのペロリン」などがあります。    

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なお、「オバQ」の声で有名で先日亡くなられた曽我町子さんのデビュー作は「ツボミのリップちゃん」だったそうです。その他にも、黒柳徹子さん(ピーナッツのピー子)、松島みのりさん(カブラのシロキチ)、横山道代さん(タマネギのトンペイ)、桜京美さん(カッパのコン吉)、里見京子さん(クルミのクル子)、 高橋和枝さん(バナーナ夫人)、水垣洋子さん (バナナっ子のポッピー)、大竹宏さん(ネズミのタコチュー)、小宮山清さん(甘栗キントン)など、有名な方々が大勢出演されていました。

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上の写真は、パレードチョコレートの蓋に一個ずつ付いていた小型のバッジです。上段左から、一つ目小僧、おやゆび姫、ブルドッグ、ライオン、下段左から、クルミのクル子/ネズミのタコチュウ(チロリン村)、シブガキ・シブイノスケ/モグラのモグモグ (チロリン村)、カラいばりのモー(三ばか大将)、長嶋茂雄選手(読売ジャイアンツ)、稲尾和久選手(西鉄ライオンズ)です。

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力道山/怪人二十面相@少年探偵団/谷啓

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グリコアーモンドチョコレート・切手キャンペーン(1964)

ちょうどその頃、外国切手の蒐集が流行っていました。東京オリンピックのおかげで外国への関心が高まっていたことに加えて、グリコアーモンドチョコレートの影響が大きかったと思います。ちなみに、私はシエラレオネと言う国名をこの時に初めて知りました。

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GLICO PETDANT(1964)

最近、オークションで手に入れました。「PETDANT」とは造語でしょうか?プラスチック製のワッペン型ケースに切手が入っていて、裏側に安全ピンがついています。中央はルーマニア共和国(R.P. Romina)の切手で、左側に「SALAU LUCIOPERCA LUCIOPERCA」とあります。「SALAU(シャラウ)」がルーマニアでの呼び名で、「LUCIOPERCA LUCIOPERCA」の部分が学名(正式にはSander lucioperca、和名はパイクパーチ)のようです。左右は朝鮮の切手だと思いますが、右側の切手の図案は日本でも寒冷地を中心に広く分布する「クジャクチョウ」です。ハングルの読める同僚に解読してもらったところ、左の切手には「全国音楽舞踊個人競演(コンクール)」と書いてあるそうです。

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                                ↓クリックすると大きくなります。

                                                                           Lucioperca_lucioperca   

世界切手カタログ(1964年版)

当時「ぼくらの世界切手カタログ」という冊子があり、グリコ製品に入っている「切手とりかえ券」に代金(通常切手)をプラスすると希望の切手と交換することができました。時代を反映してオリンピックや宇宙旅行に関する切手がたくさん掲載されています。

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それ以外では動植物のものが多いのですが、特に昆虫関係が充実しています。下の二枚の写真は「昆虫の切手」の頁ですが、昆虫の名前の記載が正確なのに驚かされます。この手の冊子ではいい加減な場合が多いのですが、昆虫に相当詳しい人が担当したのだと思います。キアゲハ、モンキチョウ、ヒメアカタテハなど、東京でも普通に見られる種類もいますが、日本産とは微妙に模様が違っていて面白く思います。ドイツ、モンゴル、ポーランドの切手にはウスバシロチョウの仲間(Parnassius)が採用されていて、海外で人気が高いことがわかります。

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「朝日新聞・小さな目」バッジ

Img_0474_2小学校二年生の夏休み(1963年8月)に朝日新聞に詩が掲載された記念にもらったものです。詩の内容はあまりに恥ずかしいので内緒です。

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2008年5月21日 (水)

野球関連

同僚と同姓同名と言う奇妙なきっかけからヤクルト・スワローズの大塚淳選手を応援しています。元気で少年のような大塚選手もプロ6年目。昨年は北京五輪テスト大会のメンバーに選ばれ主将を務めました。今年こそは一軍での活躍を期待しています。  大塚淳 - Wikipedia

仁丹・野球メダルガム

1963年に森下仁丹から「野球メダルガム」が発売されました。包装紙に当り券があるとアルミ製の球団旗メダルがもらえるのですが、1ケース(40個入り)に当りが8枚しかなくチームも指定されるので、好きな球団のメダルを手に入れるのは大変でした。その後、1964年には「野球メダル付ガム」、 1965年には2代目「野球メダルガム」が発売されましたが、私としては初代「野球メダルガム」に思い入れがあります。左下の写真は初代「野球メダルガム」の当り券で、右下は「野球メダル付ガム」の包装紙です。

                        Photo_86  

下の写真はケースの台紙についたままの状態のメダルです。このようにセントラル・リーグは、巨人と阪神が2枚ずつ、他の4球団が1枚ずつで、合計8枚がセットになっていました。「アトム・シールと鉄人ワッペン(綱島理友著・淡交社)」に仁丹野球メダルガムについて紹介されていますが、その中に「森下仁丹の本社を訪れ倉庫を家捜しさせてもらった時に1つだけ残っていた」と言うデイスプレーケースの写真が掲載されています。この本で紹介されているのはパシフィック・リーグのものですが、南海と東映が2枚ずつで、巨人、阪神と並んで人気球団だったことが考えられます。セントラル・リーグの物は他で見たことがなく、今回の写真は貴重な資料ではないかと思います。

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各球団のメダルの写真です。当時は気づきませんでしたが、国鉄は「ツバメとKの文字」、南海は「鷹とHの文字」、広島は「鯉とCの文字」が組み合わされているのがわかります。特に広島のデザインは洗練されていてなかなかなものだと思います。近鉄は岡本太郎さんのデザインで何となく「太陽の塔」に似た雰囲気があります。大毎は「大映」と「毎日」を併せたチーム名ですが、1950年から54年までは松竹もロビンズ(53年からは大洋と共同で「洋松ロビンズ」)と言う球団を持っており映画会社に勢いがあったことがわかります。なお、ナショナルキッドつながりで言うと、悪役商会の八名信夫さんがインカ金星人の役で出ていますが、元は東映フライヤーズの投手(1956-58年,背番号13)だったそうです。

     ↓クリックすると大きくなります。

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メダルと一緒に「引換カード」が入っていて、セ・パ6球団で「すてきなくさり」、8枚で「バット型ペンシル」がもらえました。「すてきなくさり」なるものは家のどこかにあるはずですが、切手代が無駄と思える安っぽいものでした。「とにかく8枚で・・・」と言う表現が何となく可笑しいです。

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集めたメダルはCDのケースにゴム板を入れて保管しています。 安上がりに作れて、裏面も見えるので自分としては中々気に入っています。

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下の写真は、同じく仁丹から発売されていた「野球カード入ガム(1964)」のおまけのカード(南海ホークス・杉浦、野村、広瀬)と、それらに対応する金型です。

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プロ野球・カード(1959-1960年頃)

1960年頃のプロ野球カードです。1959年は新人の当たり年で、このカードの中にある桑田武、村山実、江藤慎一の各選手がこの年に入団しています。王貞治、張本勲選手もこの年の入団ですがカードからは洩れています。一方、国鉄の岩下選手、箱田選手は1961年にそれぞれ近鉄と大洋に移籍しているので、 1959年か1960年に絞られます。江藤選手のカードは捕手の姿ですが、江藤選手は1959年に捕手で入団し、その年に一塁手に転向したようなので、 1959年のシーズン途中に作られたカードではないかと考えています。

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東映フライヤーズ・毒島章一選手

毒島(ぶすじま)と言う変わった名前に加えて、毒島姓の同級生がいたため気になる野球選手の一人でした。走攻守の三拍子が揃ったイチロー型の選手で、40年遅く生まれていたら今頃はメジャーリーグで活躍していたかもしれません。トリカブトが自生するの出身と勝手に想像していましたが、海の無い「群馬県(桐生高校)」の出身だそうです。群馬県伊勢崎市赤堀今井町には毒島城址があるので、毒島選手は城主の毒島家の縁者かもしれません。お嬢さんの由香さんはとても可愛くて、決して「ブス」とは呼ばれなかったでしょうね。  毒島章一 - Wikipedia

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1978年・日本シリーズ最終戦(10月22日)

1978年の日本シリーズは第7戦までもつれこみ、結局、ヤクルトが阪急を4対0で下して優勝しました。当時、私は新入社員でスワキチの先輩に連れられて後楽園球場に来ていました。スワローズのフランチャイズは今と同じく神宮球場でしたが、大学野球の日程が詰まっていたため、日本シリーズは後楽園で開催されました(開幕当初、スワローズの優勝を予想した人はほとんどいなかったと思います)。

もう30年近くも前のことなので覚えている人は少ないと思いますが、6回裏、1死からヤクルトの大杉選手が放った左翼ポール際の大飛球がホームランと判定され、上田監督の猛抗議により試合が1時間19分も中断したことでも有名です。その日はとても寒い日で、ビールではなく「ワンカップ大関」を片手に試合再開を待っていたことを覚えています。

その日の入場券と、リーグ優勝の記念に配られた下敷きが出てきました。この年はヤクルト・ミルミルが新発売された年でもありました。 

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                                                  ↑クリックすると大きくなります。

優勝記念メダル

スワローズの優勝記念メダルです。左側は1978年、球団創設以来初めて優勝した時のファン感謝デーで配られたもので、持っている人は少ないと思います。その14年後に優勝した時には、同じ型を使って作ったメダルが販売されました。この頃のマスコットキャラは頬に大きな傷があり、まるでヤ○ザのようです。

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イチロー選手・ボトルキャップ

スワローズ関係のグッズをいろいろと持っているので、スワローズファンと誤解されそうですが、特にファンと言うわけではありません。イチロー選手は高校生の頃から注目していて今でも応援しています。下のフィギュアはペプシコーラのおまけですが、全部揃えるのに苦労しました。コレクションにはあまりお金をかけたくないのですが、今回のディスプレイケースは特別製でかなりの費用がかかりました。

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セ・リーグ最下位チームの最多勝利投手と四番打者がリーグ優勝チームに移籍してしまい、日本の野球には関心がなくなりました。ラジオを聞きながら車で通勤しているのですがNHKも野球の時は仕方なくFENを聴いています。おかげでリスニングが少し上達したように思います。

祝・西武ライオンズ優勝! 2008.11.09

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2008年5月20日 (火)

山科けいすけ

山科けいすけ先生

山科けいすけ先生のテレカとクオカードです。一番左はデビュー作「かっとびハート」のカードで20年近く前のものです。最近オークションで手に入れました。

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単行本の表紙

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かっとびハート(1985-1989)

Bottan1  Bottan2  Ahorism1_2  Ahorism2  Joho1_2   Gokuraku1  Gokuraku2 

ぼったん(1987-1990);ちゃんねるアホリズム(1988);情呆辞典(1988);極楽コネクション(1990)

Kintoto1  Kintoto2  Sengoku1_2  Sengoku2_2  Sengoku3_2   Churyu  Jinseigekijo

キントトハウス(1991-1992);SENGOKU(1991-1996);山科けいすけの中流図鑑(1993);人生げきじょー(1998)

「先 生 の 顔」                                                                 簗島 馨

 昭和四十二年から三年間、クラス担任としてお世話になりました。当時、すでに頭は見事に禿げ上がっていらっしゃいましたが、エネルギーあふれる闊達な人柄は新鮮な印象として残っています。
 私は当時から大の漫画好きで、授業中に友人達と漫画の回し読みをしたりしては、よくゲンコツをくらったものでした。でも厳しさはあっても威圧的なところは全くなく、普段は子供達といっしょになって遊べる自然体の先生でした。特に記憶に残っているのは書と絵のうまさです。ある時、ご自分の絵をさらっと描いた事がありましたが、その特徴のとらえ方といいタッチといい、見事なものであったのを覚えています。
 顔と言えば、担任の期間中に先生は四十歳になられ、こんな言葉がある。と話されました。「人は四十歳になったら自分の顔に責任をもたねばならない」 今、ちょうどその年齢となった私は、その言葉をときどき思い起こしています。

                                               「篠原久夫先生追悼文集」(1998年1月20日発行)より引用

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キントトハウス(河出書房新社;2002)

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キントトハウスの部屋の配置について考えてみました。下山田幸造、伊藤、総統閣下、小林少年、カドワキ先輩、YG帽子の変質者風おじさんは一階の住人で、部屋もほぼ特定できましたが、二階に住むパオさん(後日談によれば何と大学が同窓だった!)、明痴探偵、デューク西郷、珍覚先生の部屋がはっきりしません。根拠となるページ数は河出書房新社版によります。

50年近く前の番組なので知らない人がほとんどだと思いますが、亀崎こと「流星キッド」は「ナショナルキッド」のパロディーです。興味のある方はこちら(ナショナルキッド)をご覧下さい。

Ckyu_special_2  Sakamoto1  Sakamoto2  Papawa1  Papawa2  Papawa3   Tantan

C級サラリーマン講座 FOR FRESHERS(1999);サカモト(1999-2001);パパはなんだかわからない(1999-2006);タンタンペン(2004)

C級サラリーマン講座(1994~)

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         【馬耳東風編】      【付和雷同編】     【酔眼朦朧編】     【軽挙妄動編】     【唯々諾々編】     【周章狼狽編】

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         【右顧左眄編】

酔眼朦朧、軽挙妄動、唯々諾々、周章狼狽、右顧左眄…。全ての漢字を間違えずに読め、意味も正確に理解している日本人がどれだけいるだろうか?麻生太郎氏に教養がないことに異論はないが、それをマンガ好きの所為にされるのは心外である。  MUSASHI-Sakai

サラリーマンほどユニークな人種はいない                                                                       山科けいすけ

 あなたはサラリーマン、ですか。かくいう僕も実はいまから、10数年前、サラリーマンだったんですよ。
 漫画家を目指していたので立場はアルバイトでしたが、一般の社員と同じように毎月のノルマが決められた営業マンでした。規模や業種を問わず、どんなところでも営業に飛び込んでいったので、会社ってこんなにたくさんあるのかと感心すらしてしまいましたねえ。それも数だけでなく、それぞれの会社によって姿カタチ、内容がまったく違っていて、面白いもんだな、と。よし、これは将来ぜったいサラリーマン漫画を描いてやるぞと決意しました。そんな経験から生まれたのが、この『C級さらりーまん講座』なのです。
Photo_5  短いサラリーマン生活でしたが、客観的に眺めてみるとサラリーマンほどユニークな人種ってないと思います。同じ業種や業界でしかわからない言葉や習慣があって、それが会社単位、さらに部や課にまで独自のものかある。当事者同士ならいたって自然で普通なことでも、外から見てるとすごくヘン。日本ではほとんどがサラリーマンなんだから、考えてみるとこれはもう多民族国家ですよ、ね。
 サラリーマンの友人と飲んで「こんな面白いことがあったんだよ」っていう話を聞いても、そのまま漫画のネタになるということはあまりないんです。それよりも、なんでもない上司のクセとかOLのしぐさとか、本人たちが気づいてないような所がやっぱり面白い。ちょっと視点を変えれば、自分の会社(や社会)がなんて面白い世界だったんだって気付くかもしれない。『C級さらりーまん講座』のテーマはこんなところにもあると思います。
 今回、『C級さらりーまん講座』がCD-ROMになるにあたって、あらためて「4コマ漫画はリズムだ」って、実感しました。描く立場としては、4コマ漫画はストーリー漫画に比べてコマの制約は多いし、とくにネーム(セリフ)には最後の最後まで悩まされます。でも、そうして生まれた4コマならではの独特の間というか、リズムはアニメでは出せないでしょうし、アニメになれば、たぶくんそれはもう原作の意図とは違った作品になってしまうと思います。CD-ROM版『C級さらりーまん講座』では、そんなひとコマひとコマのリズムを楽しんでいただければ、と思います。(談)                             

山科けいすけ 1957年、東京生まれ。在学中、就職内定するが、漫画家になりたくて入社寸前に辞退。卒業後はアルバイトをしながら執筆、デビューを果たす。あくまで4コマ マンガにこだわり、その可能性を広げつつある。

                                               CD-ROM版『C級さらりーまん講座』(1996年5月10日)より引用

人生に悩む大人のためのマンガ全集

↓クリックすると大きくなります                     朝日新聞(2008.10.27)に掲載された山科先生お薦めのマンガです。

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ルーフ緑化カー  実際に中国に有りました! 

暑さ対策で車の屋根に「芝生」 北京 「人民網日本語版」 2007年6月7日
北京市ではここ数日高温が続いているが、写真の車は太陽が直接あたるにもかかわらず涼しい。車の持ち主は屋根に約2平方メートルの芝生を植えており、街の風物詩となっている。「北京晩報」が伝えた。

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スーパー ファミコン

的中競馬塾

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2008年5月19日 (月)

昆虫関係

昆虫図鑑

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科学クラブ 創刊号 虫の生活 (1956);11号 日本のちょう・日本のが (1957);16号 こん虫のくらし (1959);科学ブック 5.ちょうやとんぼ (1962);7.むしのくらし (1963)

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科学大観 第6号 昆虫特集 (1958);中級 科学ブック 6.虫のかんさつ とさいしゅう (1961);8.野山の花と虫のくらし (1965);科学図鑑 2.昆虫Ⅰ;14.昆虫Ⅱ (1967)

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ポケット採集図鑑 こんちゅう (1959);ようちゅう (1970)

ミヤマクワガタ (Lucanus maculifemoratus)  maculi=斑紋,femoratus=脚

学研の「ポケット採集図鑑」は肌身離さず持ち歩きました。そのため、ご覧の通りボロボロになっています。クワガタムシの頁に、ミヤマクワガタの特徴として「足には黄色のもんがあります」と書かれています。右下の写真のように、ミヤマクワガタに特徴的な黄紋(正確にはオレンジ色)は腿節の外側(緑の矢印)にあり6本の足すべてについています。一方、青の矢印で示すように前脚腿節の付け根にも黄紋がありますが、こちらはミヤマクワガタ以外のクワガタ類にも普遍的に見られます。ところが、イラストではミヤマクワガタに特徴的な印として「前脚の付け根」が図示されていたので、低学年の頃は「コクワガタ」や「ノコギリクワガタ」の雌を捕まえる度に「ミヤマクワガタ」だと思っていました。さすがに雄は間違えませんでしたがクワガタの雌はどれも良く似ています。

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私が小学生時代を過ごした武蔵野地方では、ミヤマクワガタはとても珍しく憧れの的だったのですが、小学校の6年間で雌を数頭、雄は1頭しか採集することができませんでした。

カブトムシ (Allomyrina dichotoma septentrionalis)

日本の多くの子供達がそうであるように、私もカブトムシを通じて昆虫少年になりました。まだ小学校に入って間もない1962年の6月に高知の伯父がカブトムシを送ってくれましたが、東京では7月になるまでカブトムシは現れず得意になって友達や上級生に見せびらかせた記憶があります。私は大学では蛾の幼虫のホルモンについて研究し、卒業後も30年間、生命科学の分野で仕事をしていますが、この一件がなければ昆虫の世界にのめり込むこともなく、別の道を歩んでいたかもしれません。最近では南米や東南アジアの大型のカブトムシが輸入されていますが、日本のカブトムシは造形的にも美しく私にとっては甲虫類のナンバーワンです。

Photo_2左は「ポケット採集図鑑」の中の幼虫のイラストですが特徴が上手く表現されていません。実際は幼虫の後ろ1/5程には糞が詰まっていて灰色に見えるのですが、この絵では体全体が乳白色になっています(ホルマリン漬けで表面が変質した標本を模写したのかもしれません)。頭部はハチの幼虫に似ています。一年生の頃はカブトムシの幼虫が堆肥や腐葉土を食べることを知らず、公園で見つけたハバチの幼虫(たぶんチュウレンジハバチ)を持ち帰って大事に育てていたこともありました。現在のポケット図鑑は写真も豊富で今の子供達が羨ましく思います。

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ジガバチ (Ammophila sabulosa)

小学校の一年生か二年生の時だったと思いますがジガバチを見つけました。図鑑にあるような土中の巣を見たいと思い、必死に追いかけましたが見失ってしまいました。なお、ジガバチは『似我蜂』と書きますが、「ジージー」という羽音が「似我似我(我に似よ)」と聞こえ、「このように唱えると土中の青虫が蜂に変身する(実際は青虫に産みつけられた卵が育ち蜂となる)」という伝聞に拠るそうです。

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18世紀に活躍した横井也有の随筆「百蟲譜」に『蜂の他の蟲をとりて我子となす、老いの行衛をかからむとにもあらず。何を譲らむとてかくは骨を折るにや。我に似よ我に似よとは、いかに己が身を思ひあがれるにかあらむ』とあるので、この辺が起源かと思いましたが、室町時代に書かれた「下學集」の中に『朝野僉載云、蜂啣他蟲、置於巣中、呪似我々々、即成蜂也、故名曰似我也』との記述を見つけました。「朝野僉載」は唐の張文成(660~741)による随筆集ですので、中国ではファーブルよりも千年以上も前に狩人蜂の生態が記録されていたことになります。

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ウスタビガ(薄手火蛾)

2007年にはウスタビガ(Rhodinia fugax fugax Butler)を飼いました。幼虫、成虫ともに大変美しい蛾ですが、何と言っても「ヤマカマス」「ツリカマス」「ヤマビシャク」などと呼ばれる特徴的な繭が印象的です。0704080427_1

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ウスタビガの繭作り(Spinning a cocoon of Rhodinia fugax

5月24日、葉の裏に静止している幼虫を見つけました。よく見ると葉の裏に黄色い糸が吐かれていて、そろそろ繭作りが始まりそうな気配です。翌25日の夜に覗いてみると、未完成ながら「釣りカマス」状の繭となっていて、別の容器にも繭が見つかりました。繭が完成するにはかなりの時間がかかるようで、26日にもまだ繭作りの作業が続いていました。

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ウスタビガの繭がどのようにして作られるのか、小学生の頃から知りたいと思っていましたが、詳しい様子は図鑑にもWeb上にも見つけることができませんでした。今回飼育しようと思ったのは、このことがきっかけとなっています。上の2頭については繭作りを見逃してしまいましたが、5月27日、日曜日の午後、様子が少しおかしい幼虫を見つけました。よく見ると葉の付け根の部分に糸がたくさん吐かれています。繭作りの始まりです。

14:01、それまで下を向いていた幼虫が方向転換し、盛んに糸を吐き始めました。14:19、14:56の写真でわかるように、先ず繭を支える紐から作られることが確認されました。その後、繭の部分の作業となりますが、16:49には薄っすらと繭の形ができあがってきました。その後、幼虫は繭作りに専念するわけですが、作業は休みを挟みながら続けられ翌朝には大部分完成しました。

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6月9日に全ての幼虫が繭作りを終え8個の繭が出来上がりました。卵は50個以上あったと思うので歩留まりはあまり良くありません。初令幼虫にはサクラを与えたのですが食い付きが悪かったのが最大の原因です。途中でカエデ、ケヤキ、ハンノキ、アベマキ、クヌギ、コナラなどを試してみましたが、結局、クヌギとコナラが良かったようです。ただ、8頭飼うだけでも餌集めが大変で50頭全部はとても飼育できなかったと思います。                

ウスタビガ羽化

10月15日、このところ寒い日が続くと思ったらウスタビガの雄が羽化しました。幼い頃の記憶ではもう少し大型の蛾だったように思いますが、小さくてみすぼらしく感じます。まだ繭が7個残っているので次は雌の羽化に期待したいと思います。

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11月9日、5月27日に繭作りを観察した個体が羽化しました。ご覧のように今度は雌で、雄よりも一回り大きく豪華な雰囲気です。

アオドウガネ(Anomala albopilosa

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アオドウガネ(青銅鉦

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2008年5月15日 (木)

水木しげる自叙伝「ねぼけ人生」

魔の貸本マンガ界の住人・渡辺あらきさん

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水木しげる先生の自叙伝「ねぼけ人生」(ちくま文庫)の中に、1958年頃、水木先生の家に居候し、結局、魔の貸本マンガ界から逃げきれず餓死に至った「渡辺あらき」と言う漫画家の話が出てきます。この本の中では個人名が微妙に変えられているので、「渡辺あらき」とは渡辺明さんのことではないかと思います。国会図書館のリストを見ると下記の12件がヒットし、1955年から1958年の短い間に活躍した方のようです。

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1955年に出版された「母子双紙」と言う単行本を手に入れたので一部紹介します。絵は上手だと思いますが、ストーリーの展開が唐突で行き当たりばったりのような印象を受けました。母を訪ねて江戸から大阪に向うのですが、沼津に着いたところで母と再会して話が終ってしまいます。水木先生は、「貸本マンガの世界は、並のエネルギーの持ち主でもなかなかやっていけない」と書いておられますが、体重三十キロぐらいしかないと言う渡辺さんにはエネルギーが不足していたのかもしれません。 母子双紙(渡辺明 1955)     

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2008年5月14日 (水)

その他

怒るジャングル(Against the Jungle)

 

小学生の頃、最も気に入っていた本で、何度も読み返したため表紙がボロボロになっています。機会があれば原著で読みたいと思っていましたが、国会図書館にも都立図書館にも見当たらずそのままになっていました。最近、Amazonで古本が売りに出ていたので$29.95で即購入しました。もとはオレゴン州の図書館にあったもののようですが、幼なじみに再会したような気分です。

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原作者のThames Williamson 氏(1894~1984)は米国の小説家でノンフィクション作家としても活躍された方のようです(代表作はProblems in American Democracy)。Against the Jungleは1933年の作品ですが、河合三郎氏により子供用にリライトされ、1964年に偕成社の名作冒険全集として発刊されました。

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登場人物の一人(Alec:行方不明の博士の息子)が原著では20歳前後なのが、日本語版では小学校6年生となっているあたりは読者を意識したのでしょう。また、ジャガーやアナコンダ、バシリスクなど、ジャングルの珍しい動物の話にわくわくしたものですが、原著には該当するシーンが見当たりません。

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読了しましたが、後半部は原著とは全く異なるストーリーであることがわかり、ガッカリしました。

平凡社からは1957年に「ほえるジャングル」と言うタイトルで出版されています(清水暉吉訳)。こちらは原著に忠実で挿絵もオリジナルのままですが、子供にとっての面白さでは偕成社版の方が勝るように思います。

放浪の王子

小学二年生(1963年)の頃、友達のお父さんに連れられて「放浪の王子」を観に行きました。記憶が曖昧ですが「吉祥寺東映」だったように思います。「海底二万マイル」もこの頃でした。

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不思議な風景

私は東京の郊外に住んでいて、立川との行き来に多摩都市モノレールを利用します。昨年の忘年会の帰りだったと思いますが、立川を出て多摩川を渡って少し経ったところで、それまで後ろ向きに流れていた車窓の景色が突然進行方向に向かって流れ出し、「ねじ式の世界に入り込んでしまったのでは?」と思ったりもしました。(多少酔っ払っていましたが…)

先日、久しぶりにこの区間に乗車する機会があったので、注意深く外を見ていたら、やはり景色が逆行します。下の連続写真はその時撮影したものです。 モノレールは左から右に走っており、多摩川を過ぎて直ぐは車窓の景色は左方向に流れていきます。ところが、途中から景色は進行方向と同じ右側に流れだし、最後には再び進行方向とは逆の左側に流れるようになります。                                                                  

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どうしてこのような不思議なことが起きるかと言うと、モノレールはこの区間でほぼ直角にカーブしていて(下記)、目の前の大型マンション(ニューロシティ)以外に目立った建物が無いことが原因とわかりました(特に夜はマンションの灯りだけが目立つので、本当に逆行しているように感じます)。連続写真の中程でマンションは進行方向に動いているのですが、手前の家並は進行方向と逆に動いていることがわかります。

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